じっとり・・・
朝、目が覚めてのこと。
・・・気持ち悪い。
色々な事が、ありすぎでね。
どこから、話していいものやら。
今の私は、ずっと不安定な中にいる感じ。
落ち着かない。
心の中は、ずっとハラハラドキドキ。
変わって行くときって、そういうものなのかもしれないけどね。
で、今。
毎日、やっていることがあるの。
慰霊碑への毎朝のお参り。
私は、ご先祖様や神様。
目に見えない方々も大好き。
自分は・・・一人ではない。
それは、いつも感覚で感じてる。
わかる。
昔はね、どうして私ばっかり・・・とよく泣いていた。
一人ぼっち。
わかってくれる人は、いない。
私自身が、悲劇のヒロインになってた。
でもね。
それは、違う。
ということに、気が付いたの。
一人ぼっちじゃないから。
今まで、生きてきた中で・・・何回も何回も助けてもらってきた。
危機一髪は、何回もあった。
高校生の頃。
私は、運動音痴。
自転車は乗れるけど・・・あまり上手ではない。
フラフラしながら乗る。
あの日。
いつもは、電車か車で送ってもらって学校に行くんだけどね。
友達と遊びたくて、自転車で学校に行ったの。
初めて、喫茶店に行ってコーヒー飲んで。
私の通う学校は、女子高で。
その日は、少し大人びた同級生に連れていってもらったんだ。
夜の6時過ぎ。
早く帰らないと、怒られる!
と、
急いで自転車で帰宅。
片道、何キロあるかな?
田舎だからね。
車で20分かかる道を、自転車で帰る。
国道の脇を自転車で急いでいた。
私の住んでいるところは、トラックとか大きな車が多い気がする。
特に夜は。
でね、辺りが段々暗くなってきている中。
一生懸命に自転車をこいでいたの。
なるべく歩道を走っていたんだ。
でも、歩道が無くなって、車と同じ所を走らなくちゃで。
怖かった。
私は、国道の左側を自転車で走っていた。
そうしたらね、急に体勢を崩して・・・
国道側に体が傾いたの。
目の前に、トラックのライトが見えた。
・・・私は、死んじゃう。
そうに、思った。
もうダメだ。
だけどね。
私の自転車の後ろの荷台を持って、体勢を立て直してくれた人がいたんだ。
トラックの光が見えた時。
怖くて、一瞬ギュっと目をつぶっていた。
道路に倒れてしまう・・・
そうに、思っていたんだ。
だけど、体がふっと軽くなって、体勢がもとに戻って。
真っ直ぐ走っている。
あれ?
今のは、何だったんだろう?って。
不思議な感じで。
そのあとはね、落ち着いて家まで帰れたの。
家に着いたらね。
玄関の灯りを消されていて。
鍵がかかっていた。
帰りが遅かったから。
家に入れてもらえなかったんだ。
母は、そういう人だから。
しかたないから、玄関のドアをずっと叩いて、開けてもらった。
謝って、家の中に入れてもらったけど・・・
ずっと、怒っていた。
もちろん、夕飯なんてもらえない。
あの日。
私は、確かに助けてもらった。
自転車がふっと軽くなった感覚。
今でも、覚えているもの。
荷台をしっかり両手で掴んでくれた。
この事は、家族には話していない。
信じてもらえないしね。
喫茶店。
高校生の時に行ったのは、あれが最初で最後。
薄暗くて。
クラシック音楽が流れていて。
不思議な空間だった。
自転車通学も終わった。
電車で行ったり。
父が送ってくれたり。
思い出しても・・・
守ってくれる人は、いつもそばにいる。
本当に困っているときに、手を差し伸べてくれる。
そして、今。
今の私は、自分のできることはできる限り自分でやろう!
と、決めている。
それでも・・・
どうにもならない時。
一生懸命に考えて、答えをひねり出す。
神社にいくこともある。
でも、毎朝行っているのはお寺。
お線香を持って、時々お花を変えて。
お水は、毎日、取り替えよう!って思っている。
新しいものに。
その慰霊碑はね、「朝鮮人犠牲者の慰霊碑」
関東大震災の時に、犠牲になった方々。
震災の時に、朝鮮人が井戸へ毒を入れたとデマが流れた。
そして、日本人は朝鮮人の方々の命を奪った。
竹槍を持って。
逃げてくる人々を待ち構えて。
そして、橋を越えて県外から命からがら逃げてきた人々を捕まえて全員をロープで縛り、繋いだ。
赤ちゃんも小さい子もお年寄りも妊婦も。
一晩、路上で眠り次の日に・・・
全員が命を奪われた。
本当にひどい事実。
これは、私の、私たち日本人のご先祖様の行ったこと。
このことは、小学生の頃から知っていた。
「橋のない川」
この本の中に出てくるから。
いま。
自分は、この事実があった土地にお世話になり、住まわせてもらっている。
私は・・・事実を知って、自分の中で深く認識して・・・
私の出来ることは、なんだろう?って、思って。
毎日、手を合わせに行ってる。
難しいことはできないけど、自分の思いを伝えることはできる。
お線香をあげて、お花を供えて。お水を供えて。
心の中で思っていることを伝えてくる。
私の務めている施設にね、在日韓国人のおじいちゃんが入居されてきたの。
ターミナルケア専門の老人ホームだから。
余命いくばくもない。
私は、この方のご先祖様にあたる方々に毎日手を合わせてる。
また、この方を最後までお世話させて頂くことは・・・この方のご先祖様のご供養に繋がると思ったの。
それはね、私が納棺師をしていた時の考え方と同じだから。
私は、離婚して母子家庭になり・・・世間に迷惑をかけて生きてきた。
国からの恩恵をもらって。
だから、自分のできることで恩返しがしたいと思っていたの。
納棺師をすることで、恩返しに繋がると思っていた。
それに、私のご先祖様は剣豪の武士もいた。
ご先祖様が、ご迷惑をかけた子孫の方を私は、納棺しているかもしれない。
一人一人、丁寧にさせていただいてきたんだ。
その気持ちも込めて。
私の中にあるのは謝罪。
ごめんなさい。
その気持ちで、いっぱいだった。
私には、大好きなご先祖様の血が流れている。
だけど、ご先祖様のやったことで・・・今でも苦しんでいる人がいるとしたら。
こんなにもつらい気持ちはない。
人は、誰だって皆、平等だ。
人権があって、生きる権利があるもの。
理不尽に、人の人生を終わらせる事はダメなことだと思う。
そのことを思うと、涙が出てくる。
もしも、私がそんな風になったら・・・自分の大切な人たちがそうなってしまったら。
こんなにも、悲しい事は無い。
だから。
当事者の気持ちを思うと・・・
自分のできることを最大限にしようと思っている。
悲しい気持ちに、終わりはないかもしれない。
失った人は、帰ってこないから。
やらかしたことは、なかったことにはできないし、見て見ぬふりもできない。
ちゃんと、償いをする。
私は、そうに思う。
自分のやっていることが・・・これであっているのか?
本当のところは、わからない。
でも、今の自分には・・・これをしようって思ってる。
在日韓国人のおじいちゃん。
私が、お休みの日に亡くなりました。
眠るように・・・と聞きました。
前日、昼食は召し上がらなかったけど、お水を飲むことができた。
甘いのが好きだから、コッソリとちょっとだけお砂糖を入れて。
飲んでもらったの。
色々な葛藤があったみたい。
私は、おじいちゃんに自分が慰霊碑に手を合わせに行っていること。
ご先祖様のこと。
謝らせてくださいと。涙ながらに何度も話をしたの。
おじいちゃん。
お水を飲んで、私が頭を撫でていたら・・・
ぐーっといびきをかいて寝てしまった。
それから、ずっとスヤスヤ眠っていて。
帰る前に、おじいちゃんに挨拶をしてから帰ったの。
その時も、眠っていた。
翌日。
私は、仕事がおやすみの日だった。
その次の日に出勤すると、おじいちゃんは居なくて。
ベッドも荷物もきれいにかたづけられていた。
私は、旅立った事を知ったのだ。
昨日のおじいちゃんの様子を昨日いた職員に聞くと、
朝からずっと眠っていたとのこと。
夜も静かに過ごされていたそう。
そのまま、眠るように旅立たれたと
私は、そうに思った。
そして、目覚めの脂汗。
これは、翌日のこと。
ニュースを知った。
2026年7月28日の熊本地震・・・
事の大きさを改めて思った。
地震にあわれた方は、本当に大変だったと思う。
お亡くなりになった方もいらっしゃる。
言葉にできない・・・悲しい気持ち。
私にできること。
支援をする。寄付をする。
思いを届ける・・・
私のできること。
できる限り、これからもします。


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