駐車場から、近道をして職場まで畑の中を歩いていく。
会社の目の前に駐車場があってもよさそうなのに。
住宅地の真ん中にあるのだ。
そもそも、今の職場。
私は、ここに住んで30年位たつけど、こんなにも家の近くに施設があることを知らなかった。
家の前のちょっと広い道を真っ直ぐ東に向かって行くと車で2分。
駐車場から歩いて5分。
歩いて家からいけば7分でつく。
近いよ。
本当に。
そして、歩きで行っても車で行っても7分。
私は、ずるをして車で行ってしまう。
それはね、職場の中は回廊になっていて、一日。1万歩くらいは歩くんだよね。
交通費は近すぎて出ないけど、私は、車で通う。
まだ、車に乗れるし。
もっと、年を重ねて免許の返納をしたら、歩いて行こうと思ってる。
緩い坂道を下って歩いていき、帰りは緩い登り坂を歩いて帰る。
たまには、歩きで行こう。と、思いながらも。
お風呂の介助だと疲れるし、帰りに買い物したいしと。
いざ、歩きで行こうとすると車での手段を探している。
体力がない。
それは、自覚してる。
早番でお風呂あって、トラブルもあると帰宅してぐったり。
何もかも後回しで、寝てしまう。
これで、続くのかな?と、不安になることもあるけど。
職場の人間関係には恵まれていて、私は、できないことは、はっきり言う。
利き手を無理して壊してから、できないことはできないと言うことがどれだけ大切なことなのか、身をもって知っているから。
身体が人一倍小さいのもあって、無理にやらせようとする人は少ない。
だから、続いている。
歩きで行くときは、大雪とか台風とか。
そんな時でいいやと、思ってる。
それに、まだ、まだ、運転できるし。
後20年くらい先のことだとのんきに思っているんだよね。
いつも駐車場に車を止めて、めんどくさいなと思いながらも、職場まで歩く。
車で来た道を歩いて職場まで行っていたんだけど、近道を見つけた。
犬の散歩をしている人がいてね、その人が畑の中に消えていったの。
最初はね、その人の土地なのかなあって思っていたんだ。
でも、時々。
違う人も歩いている。
ふーんとみているだけだったけど、その人と会社の前の道ですれ違った。
あれ?通れるの?試しに、通ってみた。
私は、会社の制服をきているし。
もし、通っちゃダメなのに通ったら、会社に迷惑かけるかな?なんて、思いながら。
ちょっと、ドキドキしていた。
畑の真ん中をくねくね歩いて、神社の裏手にでる。
その神社の横を抜けると、知ってる広い道。
道の反対側には、私の勤めている会社が見えた。
そして、ちょっと早歩きなら3分で会社につくから、確かに近道だ。
畑の中は、案外広かった。
ねぎやブロッコリー。
色々な野菜が植えてある。
今は、ジャガイモや里芋。
葉っぱ見ればなんとなくわかる。
私は、秩父の生まれだから。
畑の中はちょっと落ち着く。
道の脇にある雑草も、食べられるか?どうかもなんとなくわかる。
これは、のびる。
これは、にら。
葉を少しだけちぎって匂いをかぐ。
そうすると、食べられるのかどうか?大体わかる。
春には、せりやふきのとうなんかも道端に生えてるしね。
そうそう。よもぎも。
小学校に行く途中のかわらだと、クレソンあったな。
私が生まれたところは秩父といっても、街中ではなくて秩父の入口。
家の裏には、山があり、田んぼの真ん中にある耕運機が通る道をまっすぐ行くと、梅林が広がっていて。
左に曲がり、沼の脇を駆け上がっていくと、山の中にアスレチックがあった。
山の持ち主のおじいさんが、作ってくれたもの。
誰でも子供たちが遊べるように。
会社へ続く畑の中を通ると、いろいろなことを思い出す。
きっと、畑の中を駆け抜ける風の匂いが、懐かしさを運んできてくれていたのだと思う。
梅林の所には毎年野菊が咲いて、それをつんでお墓参りに行った。
梅林を右に曲がって坂道をずっと行くとお寺があって、つんだ野菊をお墓によくそなえた。
大好きな大きいばあちゃんのお墓。
山の斜面にあって、武甲山がよく見えた。
私は、小学一年生のころ、武甲山を富士山だと言い張って、書いた記憶がある。
山といえば、富士山。
あーたまを雲の、上にだーしーと、歌いながら書いていた。
私にとっては、武甲山も富士山だった。
本物の武甲山は見もせずに、頭の中の富士山を描いていく。
母が何か怒っていたと思うけど、覚えていない。
いつも怒っているから。
大抵は怒ってる。
オタマジャクシを沢山すくってきたときに、家の池にはなしたことがあった。
その時も怒ってた。
私と弟と母とで並んで池のオタマジャクシをすくう。
しかし、30匹ははなしたであろうオタマジャクシは、10匹もすくえない。
動きが素早くて。
ざるを構えているところから、するりと逃げて行く。
母は何か怒鳴っていたけど、私は、三人で並んで何かをしていることが嬉しかった。
2つ年下の弟も、オタマジャクシすくいをするんだけど、一匹もすくえなくて、私と母を見ながら、たれ目が更に垂れて、口元からきれいな歯並びをのぞかせていた。
そう。私には、秩父夜祭りの金魚すくいよりも楽しかった。
そして、その年の夏は、カエルの大合唱が池の周りから聞こえてきた。
家の裏に1メートルくらいのたらいがあったのを覚えている。
夏になると、90歳の大きいばあちゃんが赤い腰巻をつけて首から手拭いをぶら下げて、湯あみをしていた。
大きいばあちゃんはお揚げのような胸も二つぶら下げて。
手ぬぐいが揺れると、ばあちゃんのおっぱいが時々見えた。
2歳の私は、裸だったと思う。
ビニールのプールではなくてたらいのプールに入っていたことを覚えている。
お日様に温めてもらった、あったかい水に入りのんびり。
とろけてしまうくらいに気持ちいい。
覚えているのは、大きいばあちゃんの朱色の腰巻と油揚げのようなおっぱい。
ブロックの塀に囲まれた敷地の中でたらいのプールはあった。
夜は、木のお風呂に入る。
お風呂場のドアを開けるとヒノキの香りが広がっていた。
爽やかで神様のような匂い。
あの頃は、薪を燃やして水を温めてお湯を沸かしていた。
小さかったから、浴槽が深かった事を覚えてる。
そして、大きいばあちゃんは、外からお風呂に入ってくる。
家の中からだって、入れるのに。
どうして外からなのか、は今でもわからない。
書いているうちにだんだん、思い出してきた。
あれは、オタマジャクシじゃない。
カエルの卵だ。
いつも遊んでいる、小川の中にカエルの卵が水草の中にあって、流れに沿うように浮かんだり沈んだり。
ユラユラしていた。
お日様に反射してキラキラしている。
私には、ビー玉やおはじきのように見えた。
私の宝物。
家の納屋の中で見つけたのだ。
納屋には、青大将が住んでいるから、ばあちゃんが鶏の卵をよくお供えしていた。
納屋には、ネズミも出たような気がする。
蛇って、ねずみは捕まえないのかな?
家にいた、三毛猫のミーコはネズミを一遍に2ひき捕まえてきて、家の玄関の前にくわえたままでいるのを見たことがあった。
やっぱり、母は、めちゃくちゃ怒っていたけど、大きいばあちゃんはミーコをほめていたと思う。
だって、ミーコは母以外の家族にはなついていたもの。
私も引っかかれたり。
嚙みつかれた記憶はないからな。
ネズミを二匹くわえて、エッヘンと言いたそうに、お座りをしていたのを覚えている。
そうだ。
池の中には、金魚と鯉がいた。
鯉は、かみつくというより吸い込む感じで痛くはなかったように覚えてる。
捕まえられなかった、オタマジャクシは足が生えて、手が生えて、しっぽがあるまま泳いでいた。
あの形から、どうやってかえるになるのかは、見たことがない。
そういえば、そうだ。
見たことがなかった。
私は、アマガエルが好きで、アマガエルのカレンダーは毎年、買ってる。
他にも目覚まし時計があったり。
可愛いなとおもう。
最近は、アマガエルみないなあ。
田んぼに水が入ると用水路に小川ができる。
その小川には、メダカが群れで泳いでいて、沢蟹もたくさんいた。
よっちゃんいかや駄菓子のするめで沢蟹をとったり。
ざるを仕掛けておくとどじょうやうなぎも取れた。
私は、やったことはないけど、近所のじいちゃんがやってたな。
懐かしい。
用水路の中をかえるがのびのび泳いでいたり。
蛇だってくねくねしながら泳いでる。
やまかかしのへびは赤くてきれいだった。むしもへびも・・・小鳥も、生き物はみんな好き。
それは、今でも変わらない。
確かに、家の中でゴキブリを見ると腰を抜かしそうになるんだけど、外だと全く、平気。
不思議だよね。
そして、家の中で捕まえたゴキブリは、外に逃がしてる。
虫だって生き物。
私と同じ。
命を一つだけ持っているから。
むやみに、殺せない。
ゴキブリだって同じ。
そんな事を考えていたら、白いふわふわが飛んでいく。
私の目の前に、モンシロチョウがいた。
畑のキャベツにいたのかな。
歩いている道の端に綿毛のタンポポを見つけると、手が伸びて綿毛をフーフーしながら会社へ向かう。
朝の3分の近道を、5分かけて美味しい空気を身体いっぱいに吸い込みながら歩いて行く。
小さい頃の思い出に触れて、気持ちが整う職場への道。
私の職場は介護の施設と言っても、ホスピス。命のろうそくが消えそうな人ばかりがいるところ。
私は、今日も気持ちを整えて最高のお世話ができる自分でいたいと思ってる。
職場が見えてきた。
今日も頑張るね。と神社の神様に軽く会釈をして、まっさらな自分に戻っていく。


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