見えている世界

ひとり言

人は、同じ時間の中を生きているのに・・・

どうして、こんなにも見えているものが違うのだろう・・・

似た人とういうは、いる。

でも、

同じじゃない。

本当に、一人一人違う。

私は、一人一つ。

みんな、命を持っている。

長い。

短いは、あるけど・・・

一人一つ。

私は、勤めている老人ホームで

人が、なくなるとき。

やっぱり、慣れないし

最大限の敬意を払う。

誰も居なくなった部屋の前を通っても、

お辞儀をする。

心の中で、

ありがとう。

と、

感謝を伝える。

人に、

こんな話をしたことはない。

納棺師をしていた時も、人の死に慣れることはなかった。

昨日は、お部屋の中に迎えに来ているであろう親族の方に、

「ありがとうございます。○○さんをよろしくお願いします」

と、

感謝の言葉を述べて、退室した。

それから・・・

数時間後に、ご家族様に見守られて・・・

旅立った。

家族と少しだけ、溝を感じた。

だから、

「お亡くなりになっても、耳は聞えています。だから、悪口も聞いてるんですよね」

と。

いつものふざけている私ではなく、

納棺師だった頃の顔で、

話をした。

落ち着いて、淡々と。

そう。

入居者様は、もう

口はきけない。

だから、

私が向き合うのは、家族。

介護士の制服を着ていても、

気持ちは、納棺師。

いつも、ちょっと横柄なご家族様の態度が違うように見えた。

最後のご挨拶も、できたしね。

あの日。

葬儀屋さんのお迎えが来て、

一番に気を付けるのは・・・

他の入居者様への配慮。

誰も、そこには関心がなくて・・・

我先に、葬儀屋さんの後をついてお見送りに行く。

私も行きたいけど、

他の人が、高みの見物に出てきて・・・

怪我をしたり。

心がざわついたりするのは、

嫌だから。

そこに、細心の注意を払う。

我先にと行くのは、ブー子。

もう、そこしか見えていない。

私の中では、

俯瞰して見えている。

だから、大抵はお見送りにいかないで、残る。

見えてないところを見ようと全力を注ぐ。

だから、みんなとは真逆の行動をとることがある。

私の中では、それが答え。

そして、結果オーライ。

よくわかっていないのは私だけで、

魂と肉体は、ちゃんと分かっている。

後から考えて・・・

ああそうか!

と、

わかることが多いから。

人に、この考え方のプロセスを話したことはないけど。

みんなとは、違う気がするもの。

それは、見えている世界が違うから。

この世の中は、キラキラしている作り物が多い。

本物って、キラキラしていないんだ。

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