「かっ飛ばせー。ばか、おっかあ」
ライオンズの球場に、5つ年下の弟の声が響き渡る。
あの頃。
頑張れ田淵君。
という、漫画があったように記憶している。
弟の言葉に、
周りの観客たちが振りかえっていた。
球場は、広くて
初めて来たけど、面白くない。
よく見えないし。
あの日。
東京、池袋にあるマクドナルドに初めて行った。
ドナルドに風船をもらったことを覚えている。
ライオンズの球場行って、
マクドナルドに行って、
私は、
大学病院に入院した。
名前は忘れてしまったが、
あの日。
母と、5つ下の弟と。
秩父から、レッドアローに乗って来たのだ。
確か、4人部屋。
私の他は、女の子が一人。
男の子が二人。
小児病棟のある大きな病院。
私は、検査入院でここへ来ていた。
他の子たちは、
肺炎だったり。
皆、同じ年くらいだった。
当時、小学4年生。
9歳だったと思う。
私は、胃腸が弱くて。
自家中毒があって。
腸閉塞になりかけて。
秩父の病院に入院していた。
東京の病院に入院して、
母は帰りたがる弟を連れて、
さっさと帰っていった。
院内は広くて。
図書館があったりもした。
検査は毎日、午前中だけ。
朝の血液検査から始まって、お昼前に終わる。
また、夕飯前後に血液検査があったり。
バリュウムもよく飲んだ。
きっと、
あの頃に一生分は飲んだから。
今は、飲みたくない。
会社で検査があっても、
時々、
体調悪い。
と、
うそをついて、
飲まない。
だって、バリュウムと聞くだけで
体調は、悪くなるから。
検査室に毎朝行くと、ベテランの入院患者のお姉さんがいる。
「あなたは、どこが悪いの?」
私は、よくわかっていないから答えられなかった。
「私はね、腎臓が悪くてもう、2年入院してるの。よろしくね」
と。
新人の私を見て、嬉しそうに言った。
エレベーターの前を通りかかると、可愛い女の子が自分の体と同じくらいのぬいぐるみを抱えて、
両親に連れられて立っていた。
そして、私は彼女が私とは違う少し奥の病室へと消えていくのをみていた。
看護師たちがその後で、ひそひそ話。
「あの子ね、臓器が全部ダメみたいで・・・長くないわね」
臓器がダメ・・・長くない。
その言葉だけが、私の中に残った。
そんなある日
図書室で、夏休みの宿題を私が広げていると、
「こんにちは。」
と、明るい声。
先日見た、小さい可愛い女の子。
「あなた、お名前は?私ね、9歳なの」
と。
私は、小学校で同じ学年の中では一番小さい。
でも、目の前にいる彼女は、
私よりも10㎝以上は小さい。
手足も細くて。
くるくるした、長い髪の毛。
小さい顔。
クリクリした目。
西洋のお人形のようだった。
彼女は、私の宿題を見ると、絵日記を書き始めた。
「これ、何だと思う?」
大きな木に、モクモクとした葉を描き、
枝の間にリンゴの実を書いた。
そして、
別の絵には、リンゴの代わりにさくらんぼ。
「学校の先生がね、これでいいよ。っていうの」
「私の行ってる学校は、これでいいんだ」
と、
嬉しそうに教えてくれた。
「だって、リンゴの木。見たことないもの」
「そっかぁ」
彼女は、私が同じ年だったことが嬉しくて、色々教えてくれた。
でも、
「運動会とか、遠足とか・・・行ったことないの」
「私ね、臓がつくところが全部、悪いの」
「だから・・・長く生きられないんだ」
と。
私は、とてもおしゃべりなのに。
あまり話すことができなくて・・・
ただ、聞いていた。
別の日。
図書室に彼女は、来ない。
また、別の日も。
私は、心配になって、
小児病棟の中をふらふらして、
彼女の病室を見つけた。
彼女の部屋は、個室で
ぬいぐるみがたくさんあった。
お花が飾ってあって。
彼女は、酸素を付けていた。
彼女から、つながっている酸素のホースが見えた。
目を閉じて、ぐったりしているようだった。
話しかけることは、してはいけない。
そう思って、自分の病室に帰った。
それから、しばらくして
私は、退院になったけど、
彼女とは、
あれ以来、話をしていない。
退院の前の日。
もう一度だけ、病室を見に行った。
やはり、酸素をして寝ていた。
私は、
声をかけることがやっぱりできなくて。
次の日。
退院した。
私は、中学を卒業して、
高校一年生の秋。
学校の遠足で、リンゴ狩りに行った。
私も、本物のリンゴが木になっているのは、
初めてみた。
リンゴを見た時。
お人形さんの彼女を思い出した。
リンゴは、彼女が絵に書いたように、
沢山、実をつけていた。
「一緒に遠足行って、見たかったな・・・」
私のリンゴの思い出。


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