戻るのではなくて進む

ひとり言

来月から、納棺師に戻ります。

復帰というか、後押しされました。

唯一無二の私の技術。

誰にも真似できない、私だけのもの。

それが、納棺式の中で繰り広げられていることです。

でもね、

私には、難しくないの。

それは、頭の中ではゴールが最初に見えるから。

手順を踏んで一つずつやっていけばいいだけ。

どうやるの?

と、聞かれても・・・

私には、普通過ぎて説明が難しい。

お腹がすいたら、ご飯を食べたり。

疲れたら、横になって休んだりするのと変わらない。

だから、

なんでわからないの?

と、聞きたくなる。

正座をすると、足首に水がたまるようになり、

もう無理なんだと。

自分で決めつけて、納棺師は一度離れて10年近くが経った。

でも、やはり「天職」

私を待っていてくれている人が大勢いる。

そうに、思った。

だって、背中を押してくれた人がいるから。

本当に感謝してます。

介護の仕事はね、力が無いから。

それ以外でずっとカバーしてきた。

利き手の左手も壊しちゃったしね。

手首は、曲がらないもの。

だから、アコーディオンもうまくひけなくなってしまったし。

それでも、無駄な10年だったわけではなくて。

多くの事を学んできたよ。

それを踏まえての納棺師。

少しドキドキしてるけど、嬉しい気持の方が大きい!!

介護の職場での嫌がらせもあるけど、納棺師はまねできないからね。

辞める話をした時も、どこいくの?

と。

次の介護の仕事はどこ?

と聞かれたけど、

納棺師にもどるから!

と。

笑顔で答えると、今まで嫌がらせをしてきた人達は・・・

何も言わない。

真顔になって、黙ってる。

ちょっと、面白い。

噴き出してしまいそうになる。

だって、まねできないものね。

職場でエンゼルケアがあると、やりたがる、目立ちたがるブー子。

介護の資格は、持ってない・・・。

まあ、そもそも資格は関係ないと私も思うけどね。

ブー子の場合は、亡くなった方への敬意とかではなく、

上司へのアピールだから。

正直、あんまりやってほしくない。

以前、亡くなったおばあちゃんがエンゼルケアをしてもらっている自分を、

部屋の隅で、複雑な表情で見ていたことがあったよ。

おばあちゃんの姿は私にも見えない。

私がわかるのは、気配。

そして、頭の中に映像として見えてくる。

眉毛が八の字に下がって、少し困ったような表情。

両手を前で握手しているようにして、少し背内を丸めて立っていた。

あ~あ。

って、私は思った。

自分の肉体が雑に扱われている。

生きていた時と同じようにしてあげないと。

自分がされて嫌なことは、亡くなっても同じなのに。

おばちゃんはみてるもの。

私は納棺師の時、この感覚をいつも感じていた。

この空間にいる、見えている人とは違う人が見ていることを。

私の少しうえだったり、近くで覗き込んでいたり、へやの隅で静かに見守っている視線。

自分が何をされているのか?

お亡くなりになられた方の魂と肉体が向き合う大事な時間。

それが、納棺式だから。

ご遺体をご尊体を丁寧に扱うのは、当たり前のことなのだ。

それは、私が私自身を丁寧扱っているか、どうか・・・

問われているのと同じだから。

ブー子にもどこかで気づいて欲しいなと思う。

同じ人は一人としていない。

人を大切にするということは、自分を大切にすることだからね。

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