ヘレンケラー

介護

目が見えない、耳が聞こえない、歩けない。

正確には、病気で眼球が無い。

高齢で耳が遠い。

高齢で歩けないから、車椅子を使用。

90代の女性。

おつるさん。

補聴器もしていなくて、

眼球そのものが無いから、見ることは出来ない。

細くて、すらっとした方。

声は、大きい。

耳が遠い人によくあること。

この方の介助…どうやっていたんだっけ?

思い出しながら今、かいている。

おつるさんのすごいところは、足音で誰が来たのかわかるらしい。

時々、家族が会いにくるけど、足音で職員なのか?家族なのか?

わかるみたい。

私が、介護の仕事を始めたばかりの頃のこと。

聞こえないけど、聞こえてる。

というか、気配でわかるみたいだった。

肩をトントンとして、車椅子に乗ってもらったり。

何かアクションを起こすときは、肩をトントンしていた。

この方、ベッドだと落ちる危険があるくらいよく動く。

畳に布団を敷いていた。

食事も介助。

私は、食べてもらう時も声をかけて、トントンしてから、口へ運ぶ。

おつるさんは、職員への気遣いもすごかった。

「わりいなぁ。わりいなぁ。」(悪いなあ、悪いなあ)と言いながら、介助を受ける。

何をするにも協力動作があった。

洋服から、パジャマに着替えるとき。

私たちが着せやすいように、腕をあげたり。

途中まで着せてあげると「後はできるよ。」と。

今、思うとお風呂に入るのなんて、怖かったと思う。

でも、職員を信じて身を任せてくれた。

少し、ぶっきらぼうに話すつるさん。

だけど、職員たちに愛されていた。

90代と高齢。

段々、食べる量が減ってきた。

一日でも、長く生きて欲しい。

と、私は願っていた。

家族も、つるさん思いの優しい方々。

食べることができなくなり、水分を口からとることもできなくなった。

点滴をしている。

そんなある日のこと。

いつものように、「つるさん。調子はどうですか?」と声をかけて、カーテンを開ける。

「姉ちゃん。来てくれたんかい?」と。

90代のつるさんのお姉さんは、何歳だ?と思った私。

「うれしいなぁ。会いたかったよ。」と。

私の手を握って離さない。

しばらくこのままで…と思うけど、コールが鳴った。

ピッチに部屋番号が出る。

「つるさん、ごめんね。また来るからね。」と声をかけて、退室した。

その日の夕方くらいから、つるさんは一言も話さなくなった。

呼吸も辛そうに、肩でしていた。

酸素マスクもつけるようになった。

私は、16時30分までの勤務。

「つるさん、頑張って!」と声をかけて、手を握った。

つるさんは、握り返してこない。

不安が頭をよぎりながら、退社した。

翌日、出勤をするとつるさんの姿はない。

その晩、つるさんは静かに旅立った。

今思えば、お姉さんがお迎えに来たんだと思う。

お姉さん、となりの県にいるんだとつるさんが言っていたことがあった。

私は、家族の方が挨拶に来られた時に、お姉さんが来たと喜んでいたことを伝えた。

家族の方が、つるさんは末っ子でお姉さんにかわいがられていたことを教えてくれた。

私は、介護士の前は納棺師(おくりびと)をしていた。

生きてる方と亡くなった方の橋渡しの仕事だと思っていた。

今は、入居者様とご家族様の橋渡しをしている。

家族の思いを入居者様へ届ける時もあれば、入居者様の思いを家族に届ける。

本音では、お互い思いあっているのに、上手くかみ合わない。

そんな、ご家族様と入居者様もいる。

私が潤滑油になったり、クッションになったり。

少しのことで、歯車はかみ合うものだ。

私はもう少し、手を握ってあげていたかった。

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