介護士の仕事。
夜勤明け。
何もない、平穏な夜が終わりホッとしていた。
何もないは、トラブルがなかったということ。
キッチンの方が作ってくれる、朝ご飯を食べた時のことだった。
一口、ご飯を口に運んだら涙が出てきた。
でも、私には、泣いている感覚がない。
というか、なんで泣いているのか?わからない。
不思議な感覚。
でも、あとからあとから涙は出てくる。
自分の手を見る。
私の手、動いてる。
今まで、当たり前に思っていたことが当たり前ではないことに、気が付いた。
そう。
私は、手を動かしてご飯を口に運ぶ。
味わってる。
そして、飲み込む。
ゆっくりと身体に、入る。
喉を通り、胃に落ちてゆく。
私の身体を作ってくれる基になる。
私は、生きてる。
だから、食べることができる。
手を動かすこともできる。
それが、どんなにうれしいことなのか?
気が付いたのだ。
でも、泣いているのは、私の中の人だ。
その時の私は、肉体の感覚になっていた。
肉体があるということは、生きてるということ。
当たり前だけど、当り前じゃない。
それは、すごいことなんだと。
この感覚は、私には、大発見!
私の、人生がもう一度スタートしたような感じだった。
この気持ちを忘れないように、仕事帰り、大好きな神社に向かった。
このうれしい気持ちを聞いてもらいたかったから。
職場で、共感してくれる人はいない。
もしかしたら、いるかもしれないが。
その時の私には、うまく伝えることができなかった。
だから、うれしいという気持ちを届けたかった。
分かち合いたかった。
神社で何をしているのか?と言えば、ぼんやりしてる。
ぼーっとしていると、隙間ができるから。
その隙間に温かいものが広がり、元気になる。
心が柔らかく、ほぐれていく感じ。
普段の私は、大事な事からどうでもいいことまで頭をフル回転させている。
寝ても覚めてもといった具合。
神社やお風呂、トイレ、車の中など。
一人になった時に、初めてぼーっとしてる。
寝ていても、下の子がいつ起きるかわからない。
私の足も平気で踏む。
家で寝る時は、落ち着かない。
下の子が起きていると落ち着かない。
ずっと、動いている。
それを気にせず、集中すると…なぜか、話しかけてくる下の子。
イライラする自分が嫌だから、これは修行だ。と、自分に言い聞かせる。
でも、
その時、
落ち着いて、食事ができたから。
自分だけと向き合うことができた。
自分を感じることができた。
自分と肉体。
私の中にいる人が、私という肉体を着ている。
私は、肉体がとても愛おしい。
それは、唯一無二の私。
この世に一つしか存在しない。
みんな、誰しもそうだ。
自分を愛し、大切にしようと思った出来事でした。


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