介護の仕事の中に、通院の付き添いというものがある。
そう。
入居者様を病院へ連れていく。
大抵は、ナースがしてくれるんだけどね。
私も時々する。
車の運転は決して得意ではない。
だから、正直。
人を乗せるのは怖い。
息子でもそう。
自分以外はね。
命の責任を感じながら運転している。
これは、私が入居者様を病院へお連れした時のこと。
車の中だから、二人っきりなんだよね。
だから、普段は話せないようなことを話す。
この時もそうだった。
Tさんね、ガンを患っているんだけど…
本当なら去年亡くなってたんだって。
それでね。
会社の寮に入っていたから、荷物。
全部捨てられたって。
正確には、ちょっと違うんだけどね。
どうせ、亡くなってしまうのだからいらないだろうって。
でもね。
生きてる。
その人が、教えてくれたの。
「だから、何にも持ってないんだ」って。
会社の健康診断の結果を聞きに行って、即入院になったって。
そうなんだね。
と。
話を聞いていた。
仕事を聞けば、建築関係だったって。
Tさんのね、施設の部屋。
充実してるよ!
テレビ。
冷蔵庫。
電子レンジ。
洋服だって沢山ある。
たんすも持ち込みである。
これね。
仕事の師匠がくれたそう。
80代のじいちゃんだって。
Tさん、まだ若い。
60代。
Tさんが会社に入った時、師匠はめちゃくちゃ怖くて口も聞けなかったそう。
すぐ怒る。
私がTさんに、聞いたの。
「職人さんは、見て覚えろの世界だよね。だから、Tさんもそうだったの?」
「そんなことないよ。要所要所は教えてくれた。」
と。
懐かしそうに話を始めた。
「あの年代の人はすごいよ。俺なんかよりずっと力がある。」
「ブロックだって、どんどん運ぶし。ユンボも乗る」
(ユンボ?なんだろう。)
(やんぼー、マンボーは…知ってるけど。)
と、私の頭の中ではどうでいいことを考えていた。
でも。
「戦争を経験して、日本の復興に力を注いで来た人たちだよね。」
「言葉じゃ言い表せない思いをしている。」
そうに、私が言うとね。
Tさん「俺の部屋の冷蔵庫あるだろう。あれな、師匠が送ってくれたんだよ。」
Tさん「俺、死ぬからってわかった時。全部処分されちまったからな。」
私「そうかぁ…。辛かったね。」
私「その時、一回全部あきらめたでしょ?」
Tさん「んだ。」
私「それって、全部手放したんだよ。病気もね。」
私「だから、奇跡が起こったの。」
その時、私は本当にそうに思った。
人は、手放した時に心にスペースができる。
そこに、入り込んでくれるのが神様。
無。
空っぽの空間。
私は、自分のどこかで思っていることがある。
無=神様。
真っ白で何もない空間のこと。
人は、手放しても何にも残らないわけじゃない。
ちゃんと残るものはある。
思い出。
辛いこと苦しいことではなくて…楽しかったこと。
キラキラした思い出だけが残る。
それは、辛いことがあればあるほど、キラキラと輝く。
深みが増すから。
不思議だよね。
師匠は、物が無い辛さを体で知っている人。
だから、Tさんの気持ちが痛いほどわかったのだろう。
Tさん。
すごく優しい。
Tさんの部屋は、人の思いがあふれている。
「俺な。師匠に感謝してるんだよ。」と。
私は、「良かったね。」
その、一言だけ伝えました。
私は、とてもステキなお話をきかせてもらえるから。
通院の送迎は、好きです。


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