エステティシャンの頃、嗅いだ桃の香り。
そんなことは、すっかり忘れていた。
その頃の私は、納棺師(おくりびと)
一人前になり、仕事をしていた頃のこと。
葬儀屋さんの会館で、メイクの依頼。
会館にもランクがあり、私が行ったところは、費用が安い。
会館も質素。
プレハブのような作りになっている。
会館に入ると、白いお棺があった。
準備をして、手を合わせて(どうぞよろしくお願いいたします。お化粧させていただきます。)と、心の中でご挨拶。
蓋を開ける。
桃の香りが、会館全体に広がった。
ご尊体からするのだ。
本当にいい匂い。
頭なんて痛くならない。
その方は、高齢のおじいちゃんだった。
私は、とても高貴な方だと思った。
おじいちゃんから伝わってくる、やさしさ。
なぜか、涙を流しながら私は、お化粧をしていた。
意味は、わからなかった。
男性の方なので、お化粧といっても、少し血色を良くする。
といった感じ。
私のお化粧は、自然。
その人らしさを引き出す。
それを目指していた。
身支度が終わったころ、親族の方が来られた。
確か、娘さんだったと思う。
私は、自分が感じたことを話した。
「お父様は、偉大な方ではありませんでしたか?」と。
「私には、とても高貴な方に感じました。」と。
娘さんは、驚いた様子で「父は、財をなげうって子供たちのために学校を作りました。そのために、本人は苦労をしましたが、自慢の父です。」と、教えてくれる。
私は、泣いてしまった。
並大抵の苦労ではない。
未来の子供たちのために、生きた人。
「私には、お父様から桃の香りがします。桃源郷を感じました。きっと、天国に行かれる方です。」と。
私が、思ったことなんですけどね。
私には、桃源郷が見えましたから。
それに、ご尊体からこんな香りは初めて。
娘さんには、桃の香りはわからないようでしたが。
安心したように泣いていました。


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