今から、10年以上前のことだ。
私が、納棺師(おくりびと)をしていた頃のこと。
私が、当時住んでいたのは長屋の作りになっているアパート。
私たち家族が住んでいたのは、その一階。
同じような建物が5棟は立っていた。
今思えばね。
すんごい、ところだから。
笑っちゃうくらいに。
だってね、六畳と八畳の二間。
六畳にキッチンがあって、食器棚で区切って半分がキッチン。
もう半分は、子供たちの勉強机。
それもね。
離婚したときに持ってきた、ダイニングテーブル。
上の子の子勉強スペースの後ろには、本棚。
もう、ぎちぎち。
そこに住むことになったばかりの時は、子供達。
5歳と7歳。
引っ越した当時は、ちょうどいいと思ったけどね。
上の子、23歳。
下の子、21歳。
まで、そこに住んでいた。
すごくない?
もうね、寝るだけの家になっていた(笑)
どこで、ご飯を食べていたかというと…。
キッチンの流し台の横のスペース。
それも、一人ずつ。
後は、折り畳みの小さなテーブルを買って八畳の部屋で。
床の下は、すぐにコンクリート。
バリアフリーの作りになっているから、廊下とか案外広い。
それでね、八畳間には床一面にすのこを敷いていた。
その上に布団を敷いて寝る。
陽当りの悪い部屋。
すのこを敷いたのは正解だった。
引っ越しをした当時、二階にはおじいさんが一人暮らしをしていた。
あんまり、会ったことはないんだけど。
どうやら、となりの部屋のおばあさんと仲良し。
おばあさんの家によく来ていた。
となりの部屋のおばあさん。
猫を多頭飼いしていた。
猫屋敷になっていたのは、覚えてる。
引っ越してきて、数年が経った年末。
大みそかの日のこと。
アパートの大家さんが、二階のおじいさんの部屋の前で騒いでいた。
子供たちは怯えていた。
壁が薄いから、丸聞こえ。
滞納している家賃を払えと言っているようだった。
おじいさん。
その晩。
身、一つで追い出された。
深夜になり、コンコンと窓をたたく音で目が覚める。
耳を澄ませば、どうやらとなりの家。
ばあさんの部屋。
じいさんが「開けてくれ。」と。
騒いでいた。
そりゃあね、12月の大晦日の晩だもの。
寒いに決まってる。
我が家も、子供たちは私にくっついて寝てる。
私は冷え性ではなく、一年中温かい。
(じいさん、良かったね。)と、思った。
じいさん、ずっとばあさんのところに転がり込んでいたわけでもなくて。
ばあさんとケンカしている時もあった。
じいさん、ばあさんにお金の無心をしていたのだ。
季節は、春が過ぎ夏になった。
部屋の前の庭には、砂利が敷き詰められていた。
ある雨の晩。
ざっ、ざっ、ざっ。
砂利を踏んで歩いてくる音が聞こえた。
夏の暑い夜だったので、ベランダを少し開けていた。
となりの部屋に、じいさんがきたようだった。
ばあさんは、耳が遠いので大声でじいさんと話をしていた。
上の子が目を覚まして、不安そうな表情を浮かべる。
「怖いよぅ。」
扇風機をつけて、私はベランダをそーっと閉めた。
代わりに、キッチンの窓を開けた。
いつの間にか眠ってしまい、朝になる。
時々、雨の晩には、ざっ、ざっ、ざっ。
と、音が聞こえる事があった。
そして、また季節が変わる。
私は、じいさんのことはすっかり忘れていつも通りの生活を送っていた。
夕方の6時ころだったと思う。
仕事から帰宅して、家の前に車を停めて携帯電話をいじっていた。
その日は、雨が強く降っていた。
なので、すぐに車から降りる気にもならなくて。
雨足がゆっくりになるころを見計らっていたのだ。
スマホと違って、パカパカの携帯電話。
パカっと開いて、何かのサイト見ていたんだと思う。
思い出した!
季節外れの雷が鳴っていたのだ。
私は、雷がちょっと怖い。
そう。
だから、すぐに家には入れなかった。
でね、雷がピカッ。
と、ひかり。
雷鳴がすぐに聞こえた。
近い…。
そのときだった。
目の前ではなくて、横目で見て左側。
ランニングのシャツに、七分のズボン。
私の家の二階を見ている人がいた。
「んっ?」
一瞬だけ。
ゴリラのような後ろ姿。
二階のじいさんは、ゴリラのような後ろ姿をしてた。
もう一度、見ても…もういない。
気のせいじゃない。
足もあったし。
立ってた。
でも、どこにもいない。
見まちがいかなぁ?
じいさん、雨に打たれていた。
それから、しばらくして知ったこと。
私が、見たときにはね。
じいさんはもう、この世にはいない人でした。
浮浪者になってしまい、亡くなったそうです。
それでも、時々。
雨の日は、ざっ、ざっ、ざっ。
と、聞こえる事がありました。
でも、ばあさんの大声は聞こえません。
最後のお別れに、自分の住んでいたところを見に来たんだろうなと。
思いました。


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