奈落の底

不思議

今から、何年前になるかな?

10年以上前のこと。

東北の大きな震災があって、連絡の途絶えてしまった友人。

肺がんと胃がんを患っていた、私よりのずっと年下の子。

時々、隣町の大きな病院まで車で送っていったこともあった。

私は、治療費を援助していた。

大切な友人。

その後、しばらくして一度だけ車の中で会った。

私は、自分の家族を守ることで精一杯であること。

もしも、これから今回みたいな震災があったら「あなたを守れない。」と。

彼女には、両親がいる。

そして、自身の子供も。

離婚して、旦那さんの家にいるそう。

私は、自分の息子たちを守ることを優先した。

彼女は「わかった。」と。

近況を聞けば、がんの手術、治療はうまくいき、清掃会社で働けるまでになったと。

(良かった。)と、嬉しかった。

彼女は、私の子供たちを可愛がりよく勉強を教えてくれた。

その恩返しのつもりで、治療費を援助していたのだ。

あれから、1年くらいがすぎ、電話が鳴った。

懐かしい声。

「清掃会社のお金を使い込んでしまったから、警察に捕まる。さようなら。」と。

私は、何も言えなかった。

電話を切った。

そして、彼女の事はすっかり忘れていた。

毎日、忙しく過ごしていたから。

その頃の私は、納棺師(おくりびと)をしていた。

不思議な経験も多いけど…職業は関係ないみたい。

小さい頃からだから。

そんなある日。

私は、帰宅して無性に眠くて、寝てしまった。

子供たちが、テレビを見ている声が聞こえる。

金縛りがきた。

金縛りなんて、めったにならないけど、何とかほどこうともがいていた。

声にならない声をふりしぼり。

(たすけて、たすけて、たすけてー)と本人は言ってる。

でも、

「ううー。」と変な声しか出ない。

下の子が「ママ、変な声出してる。」と、ニコニコしながら私の顔を覗いているのがわかる。

(だから、金縛りにあってるんだよ。)と、心の中で突っ込む。

私、倒れるように寝てしまったらしい。

いつもと寝る場所も違う。

記憶がない。

そもそも、床に寝転がっていた。

頭の上には、観音開きのタンスがあった。

観音開き。

観音開きは、横にスライドして開くのではなくて、パカっと開く。

胸を開くように開ける扉のこと。

お仏壇とか、こういうのが多い。

これね、この形のやつ。

向こうの世界とつながりやすい。

理由は、知らない。

でも、つながることは知っていた。

誰かに教えてもらったんだと思う。

頭の上のタンスが、ゆっくり開いた。

(やばい…。)

タンスに大きな穴が開いている感じがしたのだ。

そこから、彼女が出てきた。

下から、ヌーっと上がってくるように。

何だか黒くてドロドロな感じ。

「さみしいから、一緒に来て。」

と、私を連れて行こうとする。

腕だけ伸びてきて、私の腕を掴む。

そして、タンスの中に引きずり込もうとする。

頭がタンスの中に突っ込みかけた。

中を覗くと、底が見えない。

暗くて、深い穴が開いている。

(ここ、入ったら出られないじゃん。)

私には、子供が二人いる。

私以外、育てる人はいない。

まだ、小学生と中学生。

「絶対に行かない。一人で行って。」と、毅然とした態度をとった。

今思えばだけど、私は、寝ていてあぶら汗をかいている自分を見ていた。

幽体離脱というものだと思う。

彼女は、私の腕を離して、タンスの中に沈んでいった。

「さようなら。」と。

さみしそうな表情だった。

それを見届けて、やっと金縛りが解けた。

目を開けると、下の子の満面の笑み。

「変な声出してたけど、大丈夫?」と。

私は、汗びっしょり。

飛び起きて、タンスを見る。

開いていない。

私は、タンスを開いて中を確認したけど、何ともなっていない。

いつも通り。

服が入っている。

穴なんて開いてないし。

私は、彼女が亡くなったんだ。

と思った。

あの時、諦めて身をまかせていたら…

私は、連れていかれていたと思う。

どうなってもいいや。

なんて、思っていたら。

自分の意思をしっかり持つ。

これって、すごく大事だと思う。

自分は、なんのために生きているのか?

自分を大切にするとは、どういうことなのか?

私は、あの時、子供たちのために生きると心に決めていた。

タンスの穴。

あれは、地獄に通じる穴だったんだと思う。

暗くて、深い。

私は、改めて「みつ、ありがとう。さようなら。」と、彼女に呟いていた。

そして、

今の私は、自分のために自分の人生を生きようと決めている。


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